普段、当たり前のように過ごしている毎日。

仕事をしたり、家事をしたり、家族と過ごしたり。

目の前のことを考えていると、どうしても自分の生活や、自分が置かれている環境が世界のすべてのように感じてしまうことがあります。

 

でも、

少し視点を広げてみると、

今の自分がここにいることは奇跡であり、

とても恵まれていることだと思えてきます。

 

今回は、

オナラやゲップはなぜ音が出るのか?

という疑問を掘り下げていったら人間の進化にぶち当たり、

そこからさらに

「自分らしくいるとは?」

という問いにぶつかったのでまとめておきます。

人間は、もっと大きな流れの中にいる

オナラやゲップは、実は音が鳴ること自体に意味はないかもしれないらしいのです。

「どういうこと!?」

となりますよね。

なんか、進化の副産物的なものという可能性もあるんだとか。

 

つまり、

人間が意図して音を出しているわけでもなければ、

人間の進化の過程でプラスとなるわけでもないと。

「へぇ~」

 

人間の進化は、

必ずしも望んだわけではなく、

進化したくてこうなったわけではないということ。

 

では、

人間は、なぜ今のような姿をしているのでしょうか。

 

もちろん中には

私たちの体には、生きるために役立ってきた特徴もあります。

 

先ほど言ったように、

過去の進化の過程で生じた副産物や、

昔から受け継がれてきた制約もあります。

 

すべてが完璧に設計されているわけではありません。

 

そもそも、

進化には明確なゴールがあるわけでもありません。

 

生物は環境との関係の中で変化し、

偶然やさまざまな条件が重なりながら、

今の姿へとつながってきました。

 

人間も、

その長い生命の歴史の一部です。

 

そう考えると、

私たちは自分の力だけで存在しているわけではないのだと感じます。

 

ちょっとスピリチュアル的と言えばそうですが、

まぁ考えれば普通のこと言ってますよね。

 

自発的に人間が誕生したわけじゃないんですから。

 

 

生まれる時代も、親も、体の特徴も、自分で選んだものではありません。

自分の考え方や価値観も、育った環境や経験、出会った人たちから影響を受けています。

 

自分で考え、自分で選んで生きているつもりでも、

その自分自身が、さまざまな条件の積み重ねによって形作られているのです。

 

 

だからといって、

悲観的な気持ちになるわけではありません。

 

むしろ、

自分の力だけですべてを背負う必要はないのだと思えます。

(…ワタシ、仏?)

 

自然や生命の大きな流れの中に、自分も存在している。

 

そう考えると、不思議と安心感が生まれます。

(そのうち悟り開けそう…)

抗うことも、流れの一部なのかもしれない

人間は自分の思いどおりに物事を進めようとします。

特に富裕層や国内外のトップの政治家など。

 

もっと成長したい。

もっと豊かになりたい。

もっと便利な暮らしをしたい。

 

科学者は新しい知識を求め、

企業は技術を発展させ、

社会はよりよい未来を目指します。

 

一方で、

一方でですよ、

自然に近い暮らしを望み、文明の発展から少し距離を置きたいと考える人もいます。

これは非常におもしろい対比ですよね。

 

 

進歩を望む人もいれば、今あるものを大切にしたい人もいる。

 

けれど、

進化という大きな視点から眺めると、

どちらが正しい方向なのかを簡単に決めることはできません。

 

そもそも、

進化には、あらかじめ定められた正解があるわけではないからです。

 

そして、もうひとつ思うことがあります。

 

自然の流れに逆らおうとすることさえ、

その流れの外側で起きているわけではありません。

 

何かを変えたいと思う気持ちも、

今のままでいたいと思う気持ちも、これまでの経験や環境、さまざまな条件から生まれています。

 

 

そう考えると、

抗うことも、

受け入れることも、

大きな流れの中にあるのかもしれません。

 

 

もちろん、

だからといって何もせずに生きればよい、ということではありません。

 

自分にできることは考え、

必要なら行動する。

 

それでも、

自分にはどうにもできないことがあると理解しておく。

 

すべてを思いどおりにしようとするのではなく、

変えられることと、受け入れることを分けて考える。

 

そんな生き方もあってよいのだと思います。

 

自分らしく生きるとは、命を受け取り、感謝を分かち合うこと

では、自分らしく生きるとは、どういうことなのでしょうか。

多くの人が迷い悩むところですよね。

 

自分の好きなことをする?

自分の意思を大切にする?

他人と比べず、自分の人生を歩む?

 

どれも大切な考え方だと思います。

 

 

ただ、

今回あらためて考えてみて、

自分らしさについて、もう少し広い捉え方ができるのではないかと思いました。

 

 

それは、

自分の命に感謝し、

自分の身の丈を理解し、

受け取ったものを少しずつ周囲におすそ分けしていくこと

です。

 

私たちは、

自分の命を自分ひとりの力で手に入れたわけではありません。

多くの人に支えられ、自然の恵みを受け、さまざまな条件が重なった中で、今を生きています。

 

まずはそのことに感謝する。

 

そして、

自分にできることと、できないことを理解する。

 

無理に誰かと同じになろうとせず、

自分にできることを、自分に合った形で続けていく。

 

そのうえで、受け取ったものを周囲に返していく。

 

誰かに優しくすることかもしれません。

自分の仕事を丁寧にすることかもしれません。

家族を大切にすることや、知識を分かち合うことかもしれません。

 

その方法は、人それぞれ違っていてよいのだと思います。

それこそが自分らしさ。

 

 

人間という共通の土台があって、その上に一人ひとり異なる表現がある。

その表現方法こそがまさに、自分らしさなのではないでしょうか。

 

 

誰かのように生きる必要はありません。

大きなことを成し遂げなければならないわけでもありません。

自分の命を大切にしながら、自分にできる形で周囲に感謝を分けていく。

そんな生き方ができたら、十分に豊かな人生なのだと思います。

 

もっと広い視点で人生を捉え、シンプルに生きる

私たちは、日々さまざまなことを考えています。

もっと頑張らなければ。

もっと成長しなければ。

もっと多くのものを手に入れなければ。

 

もちろん、目標を持つことや、

よりよい暮らしを目指すことは悪いことではありません。

 

ただ、

目の前のことだけに意識が向いていると、

自分が何のために生きているのか、

何を大切にしたいのか

を見失ってしまうことがあります。

 

 

そんなときこそ、少し視点を広げてみる。

 

人間も自然の一部であり、

自分の人生も、

長い生命の歴史や多くの人とのつながりの中にある。

 

そう考えると、すべてを自分の思いどおりにしようとしなくてもよいのだと思えます。

 

 

自分にできることは、丁寧に取り組む。

できないことは、無理に抱え込まない。

 

今ある命に感謝し、自分にできる形で、その感謝を周囲に分けていく。

それだけでも、人生の捉え方は少し変わるのではないでしょうか。

 

人生を複雑に考えすぎず、もっと広い視点から眺めてみる。

すると、これまで必要だと思っていたものが、

実はそれほど必要ではなかったと気づくこともあるかもしれません。

 

自分らしく生きることは、

特別な自分になろうとすることではなく、

今ある命を受け入れ、自分にできる形で生きていくこと。

 

そんなふうに考えると、少し肩の力が抜ける気がします。

 

もっと広い視点で人生を捉えてみる。

 

そして、

自分の命に感謝しながら、

身の丈に合った暮らしをし、

感謝を少しずつ周囲に分けていく。

 

 

シンプルに生きるというのは、

単に物を減らしたり、無駄を省いたりすることだけではないのかもしれません。

 

人生そのものの捉え方を少し広げること。

 

それによって、余計な力みを手放し、自分にとって本当に大切なものを見つめ直すこと。

 

今回、進化について考えたことをきっかけに、そんなことを感じました。

 

以上です。

ここまで読んでくれた方がいらっしゃったら嬉しいです(´ω`*)

ありがとうございました。