【転換期】4年間の専業主夫生活を振り返る|大変だったこと・良かったこと・そしてこれから
はじめに、
専業主夫を4年間するにあたり、サポートしてくれた家族に感謝する。
これからまた生活が変わることを前に、今までの専業主夫生活を振り返りたいと思う。
専業主夫を振り返ってみる
2022年末に看護師の仕事を退職し、
2023年と同時に専業主夫となり、
今年(2026年)で4年が経過した。
子どもたちは大きく成長した
その4年間で子どもは大きく成長した。
不登校の長男とも24時間一緒にいて、
本人の笑顔を重視して、
学校外でも楽しく過ごせるよう、一緒に楽しんだ。
もちろん、
次男と娘にも寂しい思いをさせないように、
最大級の愛情をそそいだつもりだ。
食事にも気を遣った
家族の栄養管理もして、
朝食メニューにも気を遣った。
それまでの妻の朝食は「米とふりかけ」だった。
しかも「食べないならいい」と時間を見て下げてしまった。
(ネグレクトか!)
そんなことはあってはならない。
時間気にせず、
子どもたちの興味を応援しつつ
そっとスキマを見て、食事に誘導する。
子どもたちが笑顔のままで。
そして陰では、
子どもが食べやすい料理はどんなものだろう?
と日々頭を悩ませた。
家計管理は本当に苦労した
金銭面では苦労した。
妻は家計にはまったく興味を持たなかった。
自分のやりたい仕事ができればそれでいいらしい。
「私は満足。今日も感謝。」とハッキリ言っていた。
(何に感謝?)
妻の手取りは約20万円で、当初家計には何も入れず。
(のちに新興宗教との関連が…)
とは言え、
節約生活で子どもたちに不便な思いをさせるのは本末転倒だ。
だから、
行けるタイミングではどんどん旅行も行ったし、
体験も多くしたし、
プレゼントもした。
当然私の資産は減り続けた。
少なくなる資産を見て、
月末の支出管理をするときのストレスは毎月増していった。
4年間の後半では、ようやく交渉の末、
妻が8万円を家計に入れてくれるようなった。
しかしそれでは世帯支出の3分の1にも満たない。
資産運用で生き延びた
いつかは働くことを想定しつつ、
私の個人資産を少しでも長生きさせようと
ベースとなる投資信託の他に、個別株をちょこちょこと売買した。
おかげで4年間持つことが出来た。
日米ともに、市場の好調もあり、
おかげでなんとか今がある。
億り人を放棄したが後悔はない。むしろ誇りに思う
『あのまま普通に働いていたら、今では余裕で億り人だろうな』
と思うこともあるけれど、
それはあくまで結果論。
子どもたちが幼いこの時期に
沢山の時間を一緒に過ごせた4年間は
私にとってとても充実した大きな時間だった。
そして子どもたちにとっても。
それは一緒にいてすごく感じる。
〖感謝〗子どもたちは自分たちの力ですくすく育った
礼儀もあり、
倫理感もあり、
優しさも、謙虚さも、兄妹愛もあり、
本当に素晴らしい子どもたちに育ってくれた。
これは、私が専業主夫として近くにいたからではない。
本来持っていた子どもたちの資質そのものだ。
でも、それを捻じ曲げることなく
ここまで親が邪魔することなく
すくすく育つサポートができたのは、
私が自宅を安全基地として、
自己肯定感を大事に、
そして心理的安全性を重視した生活の基盤を
コツコツと組み立てたから
だと自負している。
具体的には
目標カレンダーなどはそのうちの1つだ。
- 毎月、自分で目標を立てて、(ハードルの低い目標でいい)
- 毎日できたら手書きのカレンダーにシールを貼っていく。
- それをみんなで見て、満足する。
そんな取り組みも自己肯定感を上げる1つだっただろう。
まとめ
私は目的をもって専業主夫となった。
子どもたちの幼い時期の安心と安全にフルコミットして
親として今しかできないことに注力した4年間だった。
満足しているし、
これからの新しい人生の1ページに楽しみも感じている。
きっと生活は大きく変化するだろう。
そして、
家族の在り方も大きく変化するかもしれない。
でもこの4年間で培ってきた子どもたちとの絆は強い。
きっと大丈夫だ。
もう一度言っておく。
私は4年間に看護師を退職し、
専業主夫として子どもたちにフルコミットできて幸せだった。
世間一般の父親に比べ、
圧倒的に子どもたちと関わる時間が多く持てた。
子どもたちからいろいろなモノを受け取った。
とても幸せだ。
これから恩返しの時間だ。
たくさんの幸せをくれた子どもたちへ。
無償でサポートしてくれた高齢の両親へ。
そして、彼女なりに頑張ってくれたであろう妻へも。
